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大阪地方裁判所岸和田支部 昭和33年(ワ)133号 判決 1961年1月30日

原告 国

訴訟代理人 平田浩 外三名

被告 株式会社泉州銀行

主文

被告は原告に対し金二、〇五〇、〇〇〇円及びうち

(イ)、金五〇、〇〇〇円に対する昭和三一年一二月二〇日より同三二年一月二四日まで年四分の割合による金員及び同三二年一月二五日より完済に至るまで年六分の割合による金員、

(ロ)、金一、〇〇〇、〇〇〇円に対する昭和三一年一二月二〇日より同三二年二月六日まで年四分の割合による金員及び同三二年二月七日より完済に至るまで年六分の割合による金員、

(ハ)、金四〇〇、〇〇〇円に対する昭和三一年一二月二〇日より同三二年二月一八日まで年四分の割合による金員及び同三二年二月一九日より完済に至るまで年六分の割合による金員、

(ニ)、金六〇〇、〇〇〇円に対する昭和三一年一二月二一日より同三二年二月一八日まで年四分の割合による金員及び同三二年二月一九日より完済に至るまで年六分の割合による金員、

を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実

原告指定代理人等は、主文第一、二項同旨の判決及び仮執行の宣言を求め、その原因として、

一、訴外大阪テレビジョン工業株式会社は昭和三一年一二月一九日現在において、既に納期を経過した。

(1)、昭和三一年七月分物品税、

金一、七八六、七一八円(納期同三一年九月三〇日)、

(2)、同年八月分物品税、

金一、九四八、五七〇円(納期同三一年一〇月三一日)、

(3)、同年九月分物品税、

金七三二九二〇円(納期同三一年一二月一八日)

(4)、同三一年一月乃至三月分源泉所得税徴収加算税、

金 一、八〇〇円(納期同三一年八月一五日)、

合計金四、四六九、〇〇八円の国税を滞納している。

二、他方、訴外会社は被告銀行(堺支店)に対し昭和三一年一二月一九日現在において、

(イ)、第一八回割増金付泉銀定期預金一〇〇、〇〇〇円(証書番号二六三、預入日昭和三一年七月二四日、支払期日同三二年一月二四日、利率年四分)、

(ロ)、第一八回割増金付泉銀定期預金一、〇〇〇、〇〇〇円(証書番号三〇三、預入日昭和三一年八月四日、支払期日同三二年二月六日、利率年四分)、

(ハ)、第一九回割増金付泉銀定期預金四〇〇、〇〇〇円(証書番号四、預入日昭和三一年八月一八日、支払期日同三二年二月一八日、利率年四分)、

(ニ)、第一九回割増金付泉銀定期預金(無記名)六〇〇へ〇〇〇円(証書番号BD七二五〇、預入日昭和三一年八月一八日、支払期日同三二年二月一八日)

の預金債権を有していた。

三、そこで、原告(所管住吉税務署長)は訴外会社に対する滞納税金徴収のため国税徴収法第二三条の一にもとずいて、昭和三一年一二月一九日前記(イ)の定期預金債権のうち金五〇、〇〇〇円、(ロ)の定期預金債権一、〇〇〇、〇〇〇円全額、(ハ)の定期預金債権四〇〇、〇〇〇円全額を差押え、次いで翌二〇日(一)の定期預金債権六〇〇、〇〇〇円全額を差押えたうえ、これ等の差押債権をそれぞれの支払期日に原告(所管前記税務署長)に支払うよう催告した。而して、右差押の通知及び催告は右差押日にそれぞれ被告銀行(堺支店)に到達した。

四、ところが、被告銀行は各支払期日が到来しても右差押債権の支払に応じてくれないから、原告は被告銀行に対し差押債権合計金二、〇五〇、〇〇〇円と内金五〇、〇〇〇円に対する差押の翌日たる昭和三一年一二月二〇日より支払期日たる同三二年一月二四日まで年四分の割合による約定利息及び同三二年一月二五日より完済に至るまで年六分の割合による商法所定の損害金、内金一、〇〇〇、〇〇〇円に対する差押の翌日たる昭和三一年一二月二〇日より支払期日たる同三二年二月六日まで年四分の割合による約定利息及び同三二年二月七日よ完済に至るまで年六分の割合による商法所定の損害金、内金四〇〇、〇〇〇円に対する差押の翌日たる昭和三一年一二月二〇日より支払期日たる同三二年二月一八日まで年四分の割合による約定利息及び同三二年二月一九日より完済に至るまで年六分の割合による商法所定の損害金、内金六〇〇、〇〇〇円に対する差押の翌日たる昭和三一年一二月二一日より支払期日たる同三二年二月一八日まで年四分の割合による約定利息及び同三二年二月一九目より完済に至るまで年六分の割合による商法所定の損害金の支払を求めるため本訴に及んだ。

と陳述し、被告銀行の抗弁に対し、

一、被告銀行主張の手形割引は手形の売買であるから、訴外会社は被告銀行に対し消費貸借上の債務を負担していない。即ち、被告銀行の訴外会社に対する債権なるものは、被告銀行の自ら主張しているように、いずれも手形割引に関するものであるが、手形割引の性質につき手形の売買、消費貸借、無名契約とする諸見解あるも、当事者の意思は手形金額から割引料を差引いた金額を対価として手形上の権利を移転することにある。従つて、手形取得者が権利の行使により手形金額を受領した場合でもそれをもつて割引依頼人の消費貸借上の債務に充当する訳ではないから、当事者間に他の特約がない限り手形割引は手形売買と解するを相当とするところ(京都地方裁判所昭和二九年(ワ)第九〇六号、同三二年一二月一一日判決、判例時報一三七号八頁以下参照)、被告銀行主張の約定書に徴しても、被告銀行と訴外会社間の手形割引が消費貸借である旨の約定はなく、却つて、その第九条が被告銀行の割引手形の買戻請求権、訴外会社の買戻義務を規定して事実に照らし、被告銀行と訴外会社間の手形割引が手形の売買として取扱われていたこと明らかである。

二、仮に、被告銀行が訴外会社に対しその主張のごとき自動債権を有していたとしても、(一)相殺の意思表示がなく、又、(二)被告銀行が右債権を取得したのは本件差押後であるから被告銀行は相殺をもつて原告に対抗することができない。即ち、

(一)  被告銀行は訴外会社との約定にもとずき相殺の意思表示をせずに内部的決済により相殺の効力が生じたと主張している が、そのような約定は無効であるから相殺をもつて原告に対抗することはできない。

蓋し、被告銀行が訴外会社との間にその主張するような約定書第五条、第六条の特約を締結していたとしても、この特約は、訴外会社に債務不履行又は不履行の情況が認められた場合に、民法所定の相殺適状にない場合でも、被告銀行に一方的に相殺をなし得る権限を与えたもので、いわゆる相殺予約の性質を有するものと解されるところ、相殺予約は被告銀行の予約完結権行使の意思表示をまつて初砂て相殺の効力を生ずべきものであつて、完結権行使の意思表示を要せずに本契約に移行するような予約はそれ自体法律上意味がない。しかも、意思表示又はこれに代る何等の表示なくして訴外会社不知の間に被告銀行の内心において任意に法律関係を変動しうるものとすれば、相手方は相殺の対象となつた債権債務の内容、相殺後の当事者間の法律関係の変動の内容をも知り得ず、且つ亦相殺権者の恣意により後に相殺内容の変更、取消も可能となる等当事者間の法律関係を浮動的なものとし、相手方及び第三者が当事者間の法律関係を前提として法律行為をしようとする場合でも、その立場を極めて不安定なものとして法律生活の安定性を阻害する。このように、被告銀行主張の相殺予約において完結の意思表示を要しないとする特約は、意思表示により行使すべきものとする形成権の本質に反するばかりでなく、取引の安全をも害するから、絶対に無効であるが、少くとも第三者に対する関係では右特約の効力を主張しえないものと解すべきである。猶ほ、被告銀行の訴外会社に関する割引手形元帳(昭和三二年五月二三日現在)によれば、単に昭和三一年一二月一九日付で割引手形に関する債権金五、四九〇、九九〇円と預金債権金二、〇六六、四七五円を相殺した旨記帳されているが、その相殺に供した自働債権につき何等の特定もなされていないため、被告銀行はその後において、任意手形の本来の権利を行使し、その手形の支払人から順次その満足を得ている実状にある。これでは、被告銀行が所持する手形上の権利の総てを行使したうえ、その満足を得られなかつた部分についてのみそれを相殺の自働債権に充当されることとなり、相殺時における権利関係の内容は全く不明に帰し、相殺後の事情により、相殺の法律関係が初めて特定する等権利関係の内容は浮動的なものとなつて、訴外会社並びに第三者の権利を害するから、かかる相殺の方法は到底容認できない。

(二)  被告銀行が訴外会社に対する債権を取得したのは本件差押後であるから、相殺をもつて原告に対抗することはできない。

被告銀行主張の手形貸付による自働債権が存在しないことは既に明らかにしたとおりであるが、被告銀行の帳簿処理により相殺に供された自働債権は、実は、前掲約定書第九条所定の割引手形買戻請求権にもとずく債権と見受けられる。同条は、割引手形即ち売買の目的となつた手形の買戻権(厳格に言えば手形再売買の予約完結権)を訴外会社に留保せしめ、被告銀行は訴外会社の有する買戻権の行使を求め、これを期限までに履行しないときに初めて手形の売買契約が解除され、被告銀行は右解除に因り発生した代金返還請求権をもつて相殺の自働債権に供しうることを定めているから、解除約款にもとずく相殺の予約を規定しているものと解される。そうだとすれば、被告銀行の課外会社に対する割引手形に関する満期前の権利、即ち、契約解除にもとずく代金返還請求権が発生するのは、被告銀行が訴外会社に対して割引手形の買戻を請求し、訴外会社がこれに応じなかつたときである。ところが、被告銀行が訴外会社に対し割引手形総額金五、四九〇、九九〇円全額の即時買戻を請求する旨の書留内容証明郵便を発送したのは、原告が訴外会社の本件定期預金債権を差押へ、その効力の発生した後の昭和三一年一二月二一日であるから、被告銀行が右債権をもつて相殺に供したとしても、それは本件差押後に取得した債権であつて、民法第五四五条第一項、第五一一条により差押債権者たる原告に対抗できない。

と述べ、重ねて訴外会社との間になされた手形割計は消費貸借であるとの被告銀行の主張に対し、

銀行がその取引先に手形を媒介として融資する場合に、取引先が金銭を借受け、その消費貸借上の債務の支払を確保するために手形を振り出すと言う形式をとる場合が手形貸付で、取引先が第三者振出にかかる期日未到来の手形を裏書により銀行に移転し、銀行がその反対給付として手形金額から満期日までの利息その他の費用即ち割引料を差引いた金額を交付するのが手形割引である。このように、手形割引も経済的には手形貸付と同様に融資の目的を達するための手段ではあるが、手形を移転し、その対価として資金を交付すると言う形式をとる以上手形の売買と解するの外なく、これを消費貸借、或いわ、売買と共に当然消費貸借が併存し、消費貸借上の債権が成立するものとは考えられない。

被告銀行が手形割引取引をする場合に、取引先につきどのような調査をしているかは知らないが、手形割引も手形を媒介とする融資方法で、しかもその取引が頻繁多数になされ、手形振出人等手形関係者の信用状況を一々個々的に調査することは事実上不可能に近い困難を伴うところから、割引手形が不渡になつた場合には専ら割引依頼人の財産から融資の回収ができるよう図つておく必要がある。そこで銀行としては、融資に際し手形貸付とほぼ同様に割引依頼人の信用状況を調査し、割引手形の金額、原因関係、資金の使途、返済方法等を記載した融資申込書を提出させ、その回収を確保するために買戻請求権の特約、担保の差入れ、相殺予約の特約などをさせること寧ろ当然であつて、そのために、手形割引が当然に消費貸借の性質を兼ね備えると言うことにはならない。

被告銀行は貸出規定において手形割引を貸出として規定している旨主張しているが、仮に、そのような内部規定があるとしても、それは被告銀行の内部的取扱に過ぎないから、これをもつて割引依頼人と被告銀行間になされた手形割引に関する契約の趣旨が手形貸付の性質を有することとはならない。そのうえ、被告銀行主張の貸出規定は、仮にそれが真正なものとしても、原告が本件債権差押をなし、被告銀行との間に差押債権支払の交渉がなされた後に制定されたものであるから、この規定をもつて従来行われてきた手形割引の性質を変更しうるものではない。猶ほ、被告銀行が内部的事務処理の方法として、手形割引を手形貸付と同様に処理しているとしても、既に明らかにしたように、手形割引、手形貸付が共に手形による資金の融通と言う点で経済的機能を等しくし、手形割引の場合も不渡となつたときは、手形貸付の場合と同様に、取引先の財産から融資の回収を図らねばならないのであるから、その事務処理方法が同様であることは敢て異とするに足りない。

若し、手形割引と手形貸付が経済上の機能も、法律上の性質も同一であるとするならば、被告銀行の内部処理の書類上で両者を殊更に区別する必要は全くないであろう。ところが、銀行内部の帳簿処理に当つて両者は明確に区別して処理され、それに対応して、営業報告書、貸借対照表、監査書の調査表、同附属明細書においても、諸貸付金(手形貸付を含む)と割引手形とは明確に区別されている(銀行法施行細則参照)。又銀行と取引する者の合計帳簿の処理についてみても、手形割引と手形貸付は明確に区別されているのが通常である。このことは、会計学上からは勿論、「企業会計の中に慣習として発達したものの中から一般に公正妥当と認められたところを要約し」て設定された企業会計原則にもとずく財務諸表準則(大蔵省企業会計審議会中間報告)を見ても明らかである。この準則によれば、受取手形を割引に付したときはその手形金額を受取手形勘定から控除し、期限に支払人が手形金を支払わないときは手形法上の遡及を受ける結果偶発債務を有することとなるので、貸借対照表に受取手形割引高として脚注に記載するよう定め(第三章貸借対照表準則第五、第六、七)、これに対し、手形貸付を受けた場合は、借入のため振り出した手形は短期借入金勘定をもつて処理すると定められている(第三章第四二、第四四)。このように、手形割引と手形貸付との会計帳簿上の処理の方法が異なることは、手形貸付が手形による金銭の消費貸借であるのに反し、手形割引が手形の売買であることを前提としてのみ理解できるところである。

と述べた。

被告銀行訴訟代理人は、請求棄却の判決を求め、原告主張の事実に対し、

第一項は不知、

第二項は、昭和三一年一二月一八日現在において(原告主張の債権差押日の前日)、大阪テレビジョン工業株式会社が被告銀行に対し原告主張のごとき定期預金債権を有していたことは認めるも、その債権は後記のごとく同日相殺により消滅している。

第三項は認める。但し後記のごとく債権差押当時既に原告主張の定期預金債権は存在していない。

と答弁し、抗弁として、

被告銀行は訴外大阪テレビジョン工業株式会社との間に昭和三一年七月一七日取引約定書を取り交し、以来その約定書にもとずいて訴外会社に対し手形割引の方法により金員を貸付けてきたところ、同年一二月八日額面金七三〇、〇〇〇円の割引手形が不渡となり、次いで同年同月一八日額面金一〇〇、〇〇〇円の割引手形が不渡となつたので、被告銀行は同一八日前記約定書第五、第六、第九条にもとずき、被告銀行の訴外会社に対して有する期限未到来の割引手形による貸付債権金五、四九〇、九九〇円と訴外会社の被告銀行に対する定期預金債権金二、〇六六、四七五円とを対当額において相殺した。従つて、原告が差押に来た昭和三一年一二月一九日現在において被告銀行は訴外会社に対し原告主張のごとき定期預金債務を負担していなかつた。

と述べ、更に一

一、訴外会社との手形割引が手形売買であるとの原告の反駁に対し、

手形割引が手形売買か、それとも、それを手段とする金銭消費貸借かは用語のいかんにかかわらず(名古屋高裁昭和三二年一月三〇日判決は、現在実際の当事者間の取引において仮令手形割引と言う文言を用いても手形貸付と区別しがたいまでになつていることを判示している)、取引当事者間の意思と商慣習を約定書その他の実務上の取扱慣行にもとずいて慎重に探究して決しなければならない。而して、被告銀行と訴外会社間の手形割引取引において(訴外会社との取引は手形割引のみでその他の取引はない)当事者の意思が手形を売買するのではなく、手形によつて金融を受けること、即ち、金銭消費貸借をなすにあつた点を次に列挙してみるのに、

(イ)、訴外会社は被告銀行に手形割引を申込む度毎に融資申込書に「割引を受ける商業手形の金額、如何なる販売品の支払手形か」「融資を受ける資金の使途、返済引当、方法」等を記載して提出している。

(ロ)、被告銀行は訴外会社に対し被告銀行へ定期預金をさせ、これを担保として差入れさせている(但し質権を設定するという趣旨ではない)。

(ハ)、訴外会社は、割引手形の主債務者の信用悪化の場合(約定書第九条)のみでなく、割引依頼人(訴外会社)の信用悪化の場合(同第五、第六条)も被告銀行の請求に応じて手形金を支払わねばならない。

(ニ)、割引手形が、その要件の欠缺、時効の完成、権利保全手続の欠缺等により権利を喪うに至つても尚ほ割引依頼人は被告銀行に手形金額を支払わねばならない(同第一一、第一二条)。

(ホ)、猶ほ、被告銀行は手形割引について次のような取扱をしている。

(1)  貸出規定第二条において、本規定の貸出とは次のものを言う、一、期間九〇日以内の商業手形割引、と定め、

(2)  割引手形不渡の場合における処理について、担保預金がある場合は、(A)、直ちに不渡手形と相殺する、(B)、不割手形の外に期限未到来の割引手形がある場合は「商業手形割引による貸付金」として割引手形金額を一括して預金と対当額において相殺する、(C)若し直ちに相殺することにつき尚ほ考慮の余地がある先に対しては割引手形残額について即時買戻請求を発しておくこと、と定め、

(3)  稟議書においても、割引依頼人の信用を主とし、手形支払人については信用調査を余りしていない。

以上の諸点に徴すれば、被告銀行と訴外会社との手形割引は手形貸付と同様に消費貸借に外ならないことを知るであろう。ただ、手形貸付は相手方の振出手形であるのに対し、手形割引は商業手形で第三者の振出、引受のものである点において相違し、金融統計及び監督官庁への報告の上において手形取引を手形割引と手形貸付に分つているに過ぎない。

二、約定書第五、第六条は相殺の予約であるから、予約完結の意思表示をせずに内部的に決済した相殺は原告に対抗できないとの原告の反駁に対し、

そもそも銀行が自行の預金者よりその預金を担保に差入れしめると言うことは、法律上の担保権(質権)を設定すると言う趣旨ではないのであつて、銀行がその預金者への債権と所謂担保に差入れしめた預金とを何時でも相殺すると言う所謂相殺契約をすることである。そして、当事者が予め相殺契約を締結した場合は、その契約の内容により、民法上の相殺の要件を具備することを要せずして、相殺する権利を債権者に与えしめたものである。即ち、銀行が必要と認めたときは、如何なる債権、債務でも、期限の到来如何にかかわらず相殺して差支ない旨債務者に確約せしめているのであるから、銀行は何時でも差引計算即ち相殺ができるのである。そして、このように相殺契約のある預金に対し第三者が差押しても、銀行は直ちに相殺権を行使して相殺できることは判例(最高裁昭和二六年(オ)第三三六号、同二七年五月六日判決)であつて、この判例の趣旨を敷えんすれば、差押債権者(原告)は差押により債務者(訴外会社)が第三債務者(被告銀行)に対して有していた権利以上の権利を取得するものでないこと明らかであるから、原告は何時でも直ちに相殺される債権を差押えたのに過ぎない。而して、相殺は相殺の意思表示によりその効力が生ずるが、原告は差押と同時に訴外会社(預金者)に代位して同会社と同一地位に立つのであるから(国税徴収法第二三条の一の第二項)、原告に対して預金と貸付金とを相殺した旨通知すれば足り、被告銀行は昭和三一年一二月一九日午後二時頃訴外会社の預金債権差押のため来店した原告方署員に対しその旨を告げたが、それが相殺の意思表示にならないと言うのであれば、本日(昭和三四年八月二四日第一一回口頭弁論期日)更に原告に対し相殺の意思を表示する。

猶ほ、原告は、どの自働債権をもつてどの受働債権と相殺するかを特定しない相殺は権利関係の特定性を欠き無効である、と主張しているが、約定書第五、第六条の約定は、単に期限の利益の剥奪及び相殺に関する合意のみでなく、被告銀行が訴外会社との総ての取引を停止して一切の債権債務を整理する趣旨が含まれているのであるから(第五条第二項末尾に「尚不足相立候節ハ御請求次第直チニ支払致スベク候」とあるのは取引一切の決済をする趣旨に外ならない)、相殺や担保物の換価及び債務への充当は個々の債務毎にではなく、その総額について包括的に行うことも予定されている。されば、被告銀行は包括的に訴外会社に対する債権全部から訴外会社が被告銀行に見返へりとして預入れている定期預金全部を差引して決済したものであつて、手形債権と定期預金債権とを個々対照して相殺するものではない。しかし、この定期預金は被告銀行の割引した手形全体に対して見返として預金させているのであるから、どの手形債権に充当しようと被告銀行の自由である。即ち、各手形の支払期日をまつて最後に不渡となつた手形に充当すればよいのであつて、是れがため、原告の言うように訴外会社の権利を害し、著しく衝平を失する結果を招くこととはならない。

三、被告銀行が訴外会社に対する自働債権を取得したのは本件債、権差押後であるから相殺をもつて原告κ対抗できないとの原告の反駁に対し、

被告銀行は訴外会社との手形割引を消費貸借と解し、相殺に供した自働債権が手形割引による貸付金債権であること従前より主張するところであつて、原告のいわゆる買戻請求権の行使により取得した債権ではない。

と述べた。

立証<省略>

理由

一、原告の訴外大阪テレビジョン工業株式会社に対する債権の存否について、

被告銀行は原告の右訴外会社に対する債権を争うところであるが、成立に争いのない甲第一号証の一(滞納税額表)に照らすと、訴外会社が昭和三一年一二月一九日現在において原告主張のごとき国税合計金四、四六九、〇〇八円を滞納していることが認められ、右認定を覆えすに足る証拠がないから、原告が訴外会社に対し右金額の債権を有すること明らかである。

二、訴外会社の被告銀行に対する定期預金債権の存否について、

訴外会社が被告銀行に対し昭和三一年一二月一八日現在において原告主張のごとき定期預金債権を有していたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第四号証(預金残高証明書)同第五号証の一、二(差押調書)と証人小池家蔵、同巽正雄の各証言を綜合すると、原告方の税務署員が訴外会社の定期預金債権差押のため被告銀行堺支店へ赴いた当時、即ち、昭和三一年九月一九日現在において訴外会社の定期預金債権金一、四五〇、〇〇〇円、翌二〇日現在において同会社の無記名定期預金債権金六〇〇、〇〇〇円が存在する旨同支店の預金帳簿に記載されていたことが認められ、右認定を覆すに足る証拠がないから、訴外会社が被告銀行に対し昭和三一年一二月一九日現在において原告主張の定期預金債権を有していたものと推認されるところ、被告銀行は、訴外会社の右定期預金債権は昭和三一年一二月一八日相殺により消滅した、と抗弁し、その理由として、被告銀行は訴外会社との間に昭和三一年七月一七日取引約定書を取り交し、以来その約定書にもとずき訴外会社に対し手形割引の方法により金員を貸付けてきたところ、同年一二月八日額面金七三〇、〇〇〇円の割引手形が不渡となり、次いで同年同月一八日額面金一〇〇、〇〇〇円の割引手形が不渡となつたので、被告銀行は同一八日前記約定書第五、第六、第九条にもとずき被告銀行の訴外会社に対して有する期限未到来の割引手形による貸付債権金五、四九〇、九九〇円と訴外会社の被告銀行に対する前記定期預金債権とを対当額において相殺した、と述べ、これに対し原告は、被告銀行主張の手形割引は手形の売買であつて金銭消費貸借の手段でないから訴外会社が被告銀行に対しその主張のごとき債務を負担した事実がない、と反駁しているので、被告銀行主張の手形割引がどのような性質を有するものかを検討してみることとする。成立に争いのない乙第一号証の一(約定書)に徴すると、昭和三一年七月一七日被告銀行と訴外会社との間に銀行取引に関する約定書が取り交されていることが認められ、右認定に反する証拠がない。而して、その約定書第九条前段には「拙者依頼割引手形ノ支払人其ノ他手形関係人二支払ヲ停止シ又ハ停止スベキ虞アリト貴行ノ認メラルルモノ生ジタルトキハ支払期日前ト雖モ其ノ手形の呈示ヲ要セズ、貴行ノ御請求次第拙者ニ於テ買戻仕ルベク候」、と規定され、訴外会社が被告銀行に割別を依頼した手形が不渡となり或いは不渡となる虞のある場合に、被告銀行は訴外会社に対しその手形の買戻を請求することができ、訴外会社はその請求あり次第当該手形を買戻すべき義務ある旨を定めていろから、割引手形買戻の前提をなす手形割引が手形売買の性質を有すること明かである。この点につき被告銀行は、

(イ)、訴外会社は被告銀行に手形割引を申込む度毎に融資申込証に「割引を受ける商業手形の金額、如何なる販売品の支払手形か」「融資を受ける資金の使途、返済引当、方法」等を記載して提出し、

(ロ)、訴外会社は被告銀行に対し割引手形の支払担保として定期預金を差入れている、

(ハ)、訴外会社は割引手形の主債務者の信用悪化の場合(約定書・第九条)のみでなく、割引依頼人(訴外会社)の信用悪化の場合(同五、第六条)も被告銀行の請求に応じて手形金を支払わねばならない、

(ニ)、割引手形がその要件の欠缺、時効の完成、権利保全手続の欠缺等により権利を喪うに至つても尚ほ割引依頼人は被告銀行に手形金額を支払わねばならない(同第一一、第一二条)、

(ホ)、被告銀行は手形割引について次のように取扱つている、即ち、

(1)、貸出規定第二条において、本規定の貸出とは次のものを言う、一、期間九〇日以内の商業手形割引、と定め、

(2)、割引手形不渡の場合における処理について、担保預金がある場合は、(A)、直ちに不渡手形と相殺する、(B)、不渡手形の外に期限未到来の割引手形がある場合は「商業手形割引による貸付金」として割引手形金額を一括して預金と対当額において相殺する、(C)、若し直ちに相殺することにつき尚ほ考慮の余地がある先に対しては割引手形残額について即時買戻請求を発しておくこと、と定め、

(3)、稟議書においても割引依頼人の信用を主とし、手形支払人については信用調査を余りしていない、

等の諸点に徴すれば、被告銀行と訴外会社との手形割引が手形貸付と同様に金銭消費貸借に外ならないことを知るであろう、と主張しているが、

(イ)、(ロ)、(ホ)の(3) は、被告銀行が手形金の支払を支払人から得られない場合を慮つて、手形割引依頼人、即ち手形金支払の担保責任と約定書第九条所定の割引手形買戻義務を負う手形裏書人たる訴外会社よりその回収ができるように意図して採られている措置に過ぎないものと窺われるので、これをもつて被告銀行主張の手形割引が金銭消費貸借であるとは認めがたく、

(ハ)は、割引手形については、その依頼人即ち訴外会社の信用が悪化したとしでも、約定書第五条「拙者ガ債務ノ全部又ハ一部ノ履行ヲ怠リ若クハ其履行困難ナリト貴行ニ於テ御認メノトキヽヽヽヽヽ拙者ノ債務ハ総テ期限ノ到来シタルモノト看做シ通知、催告等ヲ要セズ直チニ担保ノ全部又ハ一部ヲ処分シ若クハ適当価格ヲ以テ貴行ノ所有トセラレ拙者債務ノ支払ニ御充当相戒ルカ又ハ貴行又ハ貴行御指定ノ者二名義書換ノ上引続キ担保トシテ御処理相成候共異議無之候。(以下第二項)前項担保ノ処分ハ法定ノ手続ニ依ルヲ要セズ其方法、時期、場所、価格等ハ総テ貴行ニ一任致候ニ付貴行ニ於テ任意御処分相成リ其収得金ヨリ諸費用御引去ノ上、法定ノ順序ニ拘ラズ適宜拙者ノ債務弁済ニ御充当相成度、尚不足相立候節ハ御請求次第直チニ支払致スベク候」、第六条「前条の場合ニ於テ拙者ノ貴行ニ対スル預金其他ノ債権は弁済期ニ到リタルモノト看做シ拙者二対スル通知ヲ要セズ且拙者ノ債務カ手形債務ナルトキハ其手形ノ呈示又ハ交付ヲ要セスシテ任意拙者ノ債務ト差引相成候共異議無之候」の規定が直ちに適用されるのではなく、訴外会社が被告銀行からの割引手形買戻請求に応じなかつた場合に初めて前掲第九条の後段「万一之ガ履行ヲ怠リタルトキハ右手形ハ満期日到来セルモノト看做シ第五条及ビ第六条二拠リ御処置相成候共異議無之候」一の規定により同条所定の手続を経た後に適用されるものと解されるから、被告銀行主張のこの第五、第六、第九条を対照してみると被告主張の手形割引が金銭消費貸借にあらずして、却つて、手形売買であると認められ(二)は、手形割引が金銭消費貸借だとすれば不必要な条項であつて、却つて、手形割引が手形の売買であればこそ、その売買に付された特約と解され、

(ホ)の(1) 、(2) は、被告銀行内部における手形割引の解釈と割引手形不渡の場合の事務取扱方針を示したものに過ぎないから、これをもつて、被告銀行主張の手形割引が金銭消費貸借であるとは断定しがたく、しかも、原告が昭和三一年一二月一九日訴外会社の定期預金合計金一、四五〇、〇〇〇円を、翌二月二〇日同会社の定期預金六〇〇、〇〇〇円を差押え、その差押日にそれぞれ被告銀行に対し右債権差押通知及び差押債権を支払期日に原告に支払うよう催告し、それ等の通知及び催告が即日被告銀行に到達したことは当事者間に争いのないところ、乙第四、第五号証に徴すると、被告銀行主張の貸出規定は昭和三二年八月一日に制定され、又、割引手形不渡の場合における処理についての営業店長宛の通知は同三二年一一月六日に発せられていることが認められるから、原告が右債権を差押えた当時において被告銀行がその主張のごとき解釈と取扱をしていたものと認めるに足る証拠とはならない。

その外に被告銀行の全立証に徴しても、その主張にかかる手形割引が割引の方法による貸付金、即ち金銭消費貸借の性質を有するものと認めるに足る証拠がない。

以上のような次第で、被告銀行は訴外会社に対しその主張のごとき貸付金債権を有していないのであるから、当事者双方のその余の主張を検討するまでもなく、同銀行の相殺の抗弁は採用するに由なく、従つて、原告の前記債権差押当時において、原告主張のごとき訴外会社の被告銀行に対する定期預金債権が存在していたこと明らかである。それ故に、被告銀行は原告に対し前記差押債権合計金二、〇五〇、〇〇〇円と内金五〇、〇〇〇円に対する差押の翌日たる昭和三一年一二月二〇日より支払期日たる同三二年一月二四日まで年四分の割合による約定利息及び同三二年一月二五日より完済に至るまで商法所定年六分の割合による損害金、内金一、〇〇〇、〇〇〇円に対する前記差押の翌日より支払期日たる同三二年二月六日まで年四分の割合による約定利息及び同三二年二月七日より完済に至るまで商法所定年六分の割合による損害金、内金四〇〇、〇〇〇円に対する前記差押の翌日より支払期日たる同三二年二月一八日まで年四分の割合による約定利息及び同三二年二月一九日より完済に至るまで商法所定年六分の割合による損害金、内金六〇〇、〇〇〇円に対する差押の翌日たる昭和三一年一二月二一日より支払期日たる同三二年二月一八日まで年四分の割合による約定利息及び同三二年二月一九日より完済に至るまで商法所定年六分の割合による損害金を支払わなければならない。

よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言について同法第一九六条第一項を適用して主文のように判決する。

(裁判官 牧野進)

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